『おしゃべりな足指』

5回目の治療入院中に読んだ本。
副題は、「障がい母さんのラブレター」。小山内美智子著。中央法規。

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小山内さんは、1977年から、障がい者が自由に地域で生きる
ための運動を行ってきた、「札幌いちご会」の中心的存在。

脳性まひとともに生きる小山内さんは、養護学校中等部のとき、
お父さんに、ひらがなタイプライターを買ってもらって以来、

足指を使って、自分の思いを表現し続けてきた。
「障がいを背負って生きることが私のビジネス」と言い切る。

「あなたが家に閉じこもったらおしまいだよ」
「外に出なければ一生負けだよ。何もわからないで死んでいくのかい」

背中を押し続けた母親の存在も大きいのだと思う。

2016年に相模原の障害者施設で起きたいたましい事件を機に、
「私を通して、少しでも障がい者の世界に触れていただければ」と

書かれたのが本著。今年2月10日発行である。

たくさんの人との出会いを経て、自立への道を進み、
スウェーデンへの旅で福祉の本質を学び、自立生活を営み、

恋愛、結婚、そして出産、子育て。社会福祉法人の設立を
目指しての奔走。総合施設長としての14年間。

今は、「障害者差別解消法を禁止法に」と訴え、

65歳になると障害者福祉サービスが介護保険サービスに移って
しまう、「65歳問題」にも取り組んでいる。

当事者ならではの視点も随所に光る。
例えば、トイレ。

壁の隅から、45度の角度で設置されていれば、
左右のどちらからでもケアをしやすいという。なるほど!

やけに広いけれど、便器は隅っこにある
たいていの障がい者用トイレが頭に浮かぶ。

脊髄までがんに侵された、ステージ4の悪性リンパ腫の
診断を受け、「あと5年」と余命宣告をされても、

「5年間生きられたら何ができるだろう」と、思いを巡らせた
小山内さん。抗がん剤でも髪は抜けず、がん細胞は消えてしまった。

「嫌われ者にならないと社会は変わらない」と発言を続ける一方、
障がい者の「自己責任」にも触れる。バランスのとれた人である。

時には、「死んでしまいたい」ほどの身体の痛みに耐えながら、
寝たきりにならないため、毎朝1時間のストレッチを欠かさない。

ちょっとした抗がん剤の後遺症に悩む自分が、
いかにも小さく思えてくる。

「『屋根のない福祉』を作りたい。」
「もっと楽しく生き続け、違った発想でこの本の続きを書きたい。」

自分を飾らず「生」を謳歌する、小山内さんの生き方に、
学ぶことがとても多いこの本。

ケアに関わるすべての人、つまり、すべての人に読んでほしい。
なぜなら、落合恵子さんが言うように、この世は、

「今、障がいを持っている人」と「まだ、障がいを持っていない人」
だけで成り立っているのだから。

「今、いのちがあなたを生きている」

太郎の二次試験の2日目、バスの中から見えた東本願寺。
その壁に大きく掲げられていたのが、この言葉。

「今、いのちがあなたを生きている」

「え?」と思い、「へえ」と思い、
「なあんだ、そうだったんだ~」と思った。

と同時に、何だか心が軽くなった。

私が「私の命」を生きている、と思ってきたが、
「いのち」が「私を」生きている。

それが、今。この瞬間。
そして、人生は、「今」の連なり。

シンプルだが深い。どなたかが作った東本願寺のコピー?
と思いきや、親鸞聖人の七百五十回御遠忌のテーマなのだとか。

さて、二次試験終了後、何をするでもなく日を過ごしていた太郎。
合格発表の夜、猛然と、模試、プリント類を捨てはじめ、

参考書類を廃品回収用にほぼすべて、ひもでくくり終えた。
太郎の部屋は、あっという間に生活感を失い、殺風景になった。

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この家は、太郎が「ほぼ完成形」になるまでの、
仮の住まいだったのね。

我が家が、太郎の「家」でなくなり、「実家」になる日も近い。
これからも、違う場所で、いのちが太郎を生きていく。

5回目の治療入院です。

土曜日は京都へ。大学生協の説明会を聞きに行ったついでに、
太郎の住む部屋の寸法を測り、細かなことを確認して帰宅。

月曜日は大阪へ。義父の部屋の掃除とおかずの作り置き。
義母の見舞いに、甲子園に行っていた太郎が合流。

義父の米寿イブ?のお祝いをした。

火曜日は太郎の入居手続きのあと、家じゅうの掃除。
次郎の中学校の学年懇談会。太郎の日用品の買い足し。

バタバタの中、今日からまた入院。
今回の作り置きはカレー、かぼちゃの蒸し煮など。

それではとりあえず、行ってきまーす。